「本能寺の変」であまりにも有名な本能寺。アーケードのど真ん中に突然現れます。

時は、天正10年(1582年)6月2日早朝。戦国時代の風雲児「織田信長」が定宿にしていた、京都本能寺。

織田信長を裏切った知恵者と知られる明智光秀が軍、その数3000とも5000とも言われる軍勢。「敵は本能寺にあり」と明智光秀を先頭に織田信長が寝所にしている本能寺を包囲。

 

「殿、敵襲でござる!」

「いずこの敵じゃぁー」

「明智光秀、謀反でござる!!」

「おのれー光秀めー」

 

なにせ、明け方(4時ごろ)の襲撃で警護の味方も少数だったため「もはやこれまで」と本能寺に火を放たせ自害して果てた信長。

あまりにも有名すぎる「本能寺の変」があった、本能寺に信長をお参りして来ました。

 

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商店街に突如、現れる本能寺

本能寺の変で織田信長がはてた本能寺。京都の中心地、御池通りのすぐそばに本能寺はあります。

なんと、「寺町通り」と言われる寺町商店街のアーケードのど真ん中に本能寺はあるんですよ。

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寺町通りのアーケードは、御池通りから四条通りまでつながる一大アーケードで両側にいろんなお店がぎっしりある京都でも有数の商店街です。

そんな商店街に、突然あの有名な「本能寺」があるので最初ここへ来たとき驚きました。

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こんな商店のど真ん中に、こんな有名なお寺があるなんて「さすが京都」と思ってしまいました。

 

創建は約600年前

今でこそ「本能寺」と呼んでいるのですが、創建された約600年前の時は「本応寺」という名称だったそうです。

それが、1433年に移転したのを機に「本能寺」と改め今に至っているようです。

 

織田信長が定宿に本能寺を使っていたころは、現在の場所ではなかったようで油小路蛸薬師一帯に広大な敷地でお堀もあるりっぱなお寺だったそうです。

本能寺の変で焼失してから後も、幾度となく建て替えや移転で現在の寺町に落ち着いたみたいです。

 

これが、正門です。アーケードの途中にドーンとこんな立派な正門が現われます。

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正門をくぐって中に入ると、本殿に通じる参道が続きます。

展示物を展示してある建物や会館、そして宿泊施設などりっぱな建物が並んでいます。

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さらに参道を進むと、本能寺の本殿が見えます。

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本殿を通り越していくと、信長公をまつってある菩提があります。

一説によると、自害した信長公は本能寺のお坊さん達の手によって裏木戸より本能寺外に出され別の場所で荼毘にふせられたそうです。

明智光秀に亡骸を発見されないように、運び出されたという事らしいのですが。

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本堂横の大きなしだれ桜。いい具合に咲いていました。

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本殿横にある「たっちゅう寺院」。

たっちゅう寺院とは、本能寺で修業した弟子の方が本能寺の敷地内で建てた独立した小院で、聖人が亡くなった後も修行して聖人の教えを説く場所だったようです。

現在は、本能寺の敷地内に7つのたっちゅう寺院があります。

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まとめ

京都市のど真ん中にあり、商店街と隣接する本能寺。

「本能寺の変が無ければ歴史が大きく変わっていた」と言われる本能寺を、こうして見学できるのはとっても不思議です。

本能寺の近くには、錦市場や六角堂、ちょっと足をのばせば八坂神社や知恩院など観光名所がたくさんあるところです。

近くに来たなら、ぜひ見学してみてください。歴史ロマンを体感できますよ。

 

アクセス

本能寺:京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522

拝観は、朝6時より夕方5時まで。拝観は無料。宝物殿だけ有料となっています。

 

電車を利用すると便利です。

  • 地下鉄東西線で:市役所前駅下車すぐ
  • JR京都駅より:地下鉄烏丸線「烏丸御池駅」乗換東西線で市役所前駅下車すぐ
  • 京阪電車で:京阪三条駅下車 徒歩10分

車では:御池地下駐車場がすぐです。歩いて数分の距離です。

 

■地図

 

 

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大好きな京都やスターバックス、漫画やiPhoneなどについて書いているブログ「LUCIE」のイス(井須)です。石川県小松市で美容師を経営する傍ら、自分の好きな事や興味のある事を発信して楽しく生きていけたらと日々精進中です。